-舞姫-

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3月31日


3月も今日で終わり、明日から4月である。明日は早稲田大学の学部合同入学式がある。エイプリルフールの日に入学式があるのは癪だが、これで私も晴れて早大生である。
21歳から大学に入り直すというのは私にとっては重みなのだが、まぁそのようなことを考えていても仕方が無いのも事実である。この一年ほどは、受験勉強をしながらこの年齢からくるプレッシャーに幾度と無く押しつぶされそうになった。しかし、人生など好きに生きて好きに死ねばよいのだ。長いか短いかは死ぬまで分からないが、人より三年ほど遅れたからといってどうしたことでもあるまい。私はそのように開き直ることにした。

学生生活を目一杯充実したものにしよう、との決意をここに改めておこう。つまらないことで悩んでも何にもならないのだ。



3月29日


昨日三月二十八日、私はまた歯列矯正を始めた。

また、というのは矯正自体は初めてではないのだ。一回目は高校に入学した時に始め、高校卒業後の米国留学の際に辞めたのだ。であるから私は三年間も既にこの拷問とも思える矯正器具を付けていたわけだが、どうも歯並びはよくなってはくれなかった。「三年で治る」、と始める際にはずばり言われていたにもかかわらず、中断する際には「後二年はかかる」とはよくも言ってくれるものだ。治療自体に問題があったかどうかは分からないが、一回行くたびに五千円だとか一万円だとか取られるそこの医院には何か嫌気が差し、今回は違う所で再開することにした。
ある横浜の矯正歯科なのだが、ここは最初にトータルフィーというのを払ってしまうと後は一切料金を取られないという方式を採用しているらしい。ネットを覗いていると、最近はこういった方式が一般的なのだそうだ。ネットの発達のおかげなのか、歯学の発達のおかげなのか、私が矯正を始めた六年前よりも安く、かつこういった料金制度を採っている医院をネット上ではよく見かけた。
しかし・・・・・・・・・・・・この歯の軋む、というか動く痛みはやはり六年前から大して変わっていないのだろうか。とりあえず、本日は鯛のムニエルが「硬い」と思えるくらい歯が痛かった。デーモンシステムというあまり痛くない装置を使っているそうなのだが、やはり歯を動かすのだから痛いのは仕方が無いようだ。まともに歯が使えなくなってみると、8020運動などを支持せざるを得なくなる。



−−−


植木等さんが亡くなってしまった。ビッグマネーが好きだっただけになんとなく喪失感がある。


−−−


3/28 ダンベルベンチ20キロ7回、6回、5回、5回。怪我した肩のおかげか、1月には10回できたのにできない。
3/26 サイドベント30キロ10回2セット。



華麗なる一族、最後まで見ました。なんじゃそりゃあ!と思うところもあったが、結構面白かった。
このドラマの最大の見せ場は、稲森いずみではないか。綺麗だった。



3月25日


二日目。昨夜は三時ごろに寝たというのに、27日の朝は割と早めに目が覚めてしまった。短針が九時を回る前くらいである。まだ昨日の情景が目に焼きついている。ここら辺はいつもあんなに娼婦ばかりなのだろうか。


朝九時半ごろ、私はホテルを出、最寄のナナ駅から電車に乗ってサヤーム駅で降りた。サヤームスクエアという有名なモールを覗いた後、伊勢丹まで歩いてみた。やはりナナというのはすごい売春街だったらしい。駅に乗るまでは一仕事終わったのであろうと思われるような女をたくさん見たが、たった三駅も行くと「いかにも」な娼婦をあまり見かけなくなる。 もっともこの南国ではみな体を見せ付けるような薄着で歩いているので、昨夜の光景を目の当たりにしたばかりだと一般人まで娼婦に見えてしまう。



ナナナナ駅南の廃墟。野良犬がいたり、FFの黒魔法使いの絵が描いてあったりする。



私は今回の訪泰は別に売春を目的としているわけではない。しかしこのナナ駅というのはナナプラザのおかげで売春婦だらけだ。私がタイに来た目的は南国気分を味わうのと寺院巡り、それと東南アジアに来てみたかっただけだ。どうもホテルの周辺で食事を取りたくないので、その伊勢丹が入っているビルで食事をすることにした。


パッタイパッタイ。


240バーツくらいだったであろうか。タイ風焼きそば、パッタイである。私には香辛料が強すぎるようにも感じたが、非常に美味であった。しかし小皿で供してくれた青唐辛子を間違えて食べてしまって、舌が大変なことになってしまったのが残念である。 なんであんな物を一緒に出したのだ?タイ人はよほど辛いものが好きらしい。


ビルから出た後は、タクシーに乗りチャオプラヤー川を渡るためターティアンという王宮近くの船乗り場へ行った。タイにおいて初めてのタクシーであったため不安だったが、なんとかなるものだ。しかし英語もほとんど通じなかったし、地図までよく分からないと言われては困る。地図を見して分からないと言われたときはぼったくろうと考えているのかと思ったが、まともなメーカーで乗せてくれた。タイ人は地図が読めないのだろうか。


チャオプラヤー川船着場。乗船はたったの3バーツ、日本円にして10円ほどであった。


ワットアルン舟からワットアルンを写してみた。チャオプラヤー川は波が荒く船が揺れ、あまり気分のいいものではない。


チャオプラヤー川様々な舟が行き交う。


チャオプラヤー川を渡ったのは、三島由紀夫の豊饒の海の暁の寺の題材となったいうワットアルンという寺院を見るためだ。豊饒の海はまだ読んだことがないが、せっかくなので読めねばならないだろう。



ワットアルンは中々壮大であった。私はあまりタイっぽさを感じない建物だなと感じていたが、ここの仏塔はクメール様式なのだそうだ。せっかく写真を撮ってきたので、ここに何枚も載せておきたい。


タイ仏教国らしいといえばらしいかもしれない。



タイ



象さんこの国は象を大事にしているのは分かるが、象を銅像にするなんて冗談みたいだ。象だから銅象かな。



仏像至る所に仏像が安置されている。



ワットアルン遠めに見ると、タイではなくてカンボジアにでも来たのかのように感じられる。



ワットアルン仏塔の割には、中々高い。



ワットアルン



ワットアルン上には仏像が何体も置かれている。



ワットアルン見応えはあるのだが、暑くて暑くて少しずつそれどころではなくなってくる。



ワットアルンこの像もクメール様式なのだろうか。カンボジアにも行ってみたくなってきた。この数日後に、プールサイドであったアメリカ人はシェリムアップに行きアンコールワットを見る予定だと言っていたが、うらやましい限りだ。



見学の後、私はワットアルンに並んでいた屋台で父への土産としてシャツを買った。翌日には、それは少々ボッタクリ価格であったと私は気付いてしまった。私みたいな観光客が観光地の屋台を流行らしているのだろうか。真に申し訳ない。



ワットアルンを見終わってもまだ時間は昼過ぎである。私はまたチャオプラヤー川を渡し舟で渡り、今度は対岸にあるワットポーを見学に行った。あの寝そべった巨大な釈迦の像がある有名な寺院である。


寝釈迦



寝釈迦



足の裏



ワットポー



ワットポー



タイの幼稚園幼稚園か?保育園か?寺院内には、小さい子供たちが勉強をしている建物があった。国有数の王室保有の観光地に幼稚園・・・・・・?



金の仏像こんな仏像もあった。タイでは、仏像は金箔で飾るのが慣例だそうだ。




このワットポーという寺院は、王室寺院でありながらタイマッサージの総本山なのだそうだ。タイでは風俗ではない古式マッサージやが町中に散見されるが、マッサージに関する国家資格は無く、代わりにこのワットポーのマッサージスクールで教育を修了することがマッサージにおける最高の箔付けとなるのだという。しかし、マッサージスクールの教育機関は一ヶ月くらいだそうで、果たしてそれで本当にタイマッサージの最高教育機関なのだろうかと疑問にも思ってしまう。その教育内容はともかく、ワットポーには私の見た限り二つのマッサージ小屋があり、数十人の外国人観光客が一同に寝そべりマッサージを受けていた。私もここで初めてタイマッサージというのを受けてみた。やたらと筋肉の筋を押すので素直に言えば痛いのだが、これはこれで気持ちよくなってくる。少し甘いタイ茶を飲みながら一時間、熱帯のバンコクの風に吹かれながら体中をまさぐられるのも心地よいものだ。料金も観光客用かと思ったら1000円くらいだったと覚えている。寺院だからかどうかは定かではないが、良心的なものだ。


ワットポーでマッサージを受けると時間も夕方に迫っていたことだし、近くにあった公園で少し涼んでホテルに帰ることにした。ワットポーのすぐそばにある、サラーンローム公園というところだ。


サラーンローム公園


これはそこで撮った写真である。私がたまたま座った正面にあった屋根付きの椅子というか広場というか、名称は知らないが写真の中央にあるものがなんだかいかにもタイらしく気に入った。現地の女子高生か女子大生みたいな女の子達が何人も戯れていて、まるでアンナと王様の世界である。


寺院や仏像もいいが、やはりそういう女の子の自然な姿を見る方がいい。しかしそのような良い気分も打ち壊されてしまった。ホテルに帰ろうとタクシーを拾おうとするのだが、運転手のみんながみんな高値を言い付けてくるのである。王宮やワットポーがあるこの一帯は観光地であるからか、ここに来るには100バーツもかからなかったのに、帰ろうとすると200バーツと言ってくる。1バーツ3.4円くらいであるから100バーツなんて大した金額でもないのだが、釈然としない。私は数台タクシーを止めて安くするよう言っても聞いてくれないので、仕方が無いと考えタクシーに乗ろうとした。しかし偶然にも私の前を通るタクシーがみな乗客済みになってしまっていた。いくらふっかけようが、これだけ観光客がいるのだからみな気にすることなく乗ってしまうのだろう。なら私もいいか、とも一寸考えたが、やはり私はどうしても気が乗らない。
そこで、


トゥクトゥク


このトゥクトゥクという三輪車に乗ってみた。スクンビットのホテルまで行きたいというと100バーツでいいと言ったからだ。それでも高い気がしたのでどうせならやはりタクシーを使った方がよかったのかもしれないが、物は経験である。初めてのトゥクトゥクというものに挑戦してみた。この試みは、結果から言うと私は試さない方が良かったと思っている。 というのもこのトゥクトゥクという三輪車、かなり揺れるのだ。その上バンコクの厳しい排気ガス事情が私の肺を攻撃する。しかも運転手は仕切り盛んに私にソープに行くように勧めてくるのだ。「日本人も韓国人もレディマッサージ、レディマッサージダイスキネー」。黙ってホテルまで連れて行ってくれ、恥ずかしい。



ホテルの辺りまで来ると、また売春婦が盛んに蠢いている。こんなに暑い中、よく頑張るものだ。まだ六時前だというのに。三輪車を降りようとすると、運賃100バーツのはずが150バーツに値上がりしていた。



−−−


トレを記録しておきたい。
二日前、デッドリフト35キロ10回、55キロ10回、60キロ10回、6回、10回。背筋より握力を強くしなければならないと実感する。
4日ほど前、ブルガリアンスクワット35キロ10回5セット、チンニング3回。
スクワットはもっと重くも出来るが、チンニングがうまくいかない。背筋を意識して体を持ち上げるはずなのだが、どうも腕に頼ってしまう。駄目だ。





3月23日

昨日今日と、私は祖母と母と熱海の旅館へ行ってきた。昨日の三月二十日は祖母の78歳の誕生日であり、そのお祝いとして温泉へ行ってきたのだ。高速道路を使い約三時間、母には一日何もしてもらいたくなかったため私が運転をした。

三時半には予約を取ってあった立花という旅館に着く。部屋でゆっくりするにはまだ早いであろうと思い、熱海で有名だと言うMOA美術館へ行く。世界救世教という宗教団体が絡んでいる美術館だが、ここ熱海は車で回ってみるとMOA関係の企業がごろごろしているので気にはしていられない。祖母は漆が好きなのだが、松田権六という漆塗りの人間国宝の特集をしていて大変満足そうであった。六時ごろに帰り一度湯につかり、食事にする。温泉に入ると嬉しさからにやにやしてしまうのだが、この癖は止めないと駄目だ。

食事はしらすがおいしかった。特に生しらすが私にはおいしく感じられた。祖母の誕生日なのでおめでたいものを、ということで鯛めしも頼んだ。私は鯛めしというのは初めてであったが、こんな上手いものだとは知らなかった。


今回旅行に来たのは訳がある。誕生日の度に旅行に出かける、という風習は我が家には無いが、今回は特別なのだ。
私は、このところ祖母の老化は著しいと感じている。文字通りに日増しに老いているのではないかと思えるくらいだ。話は全く通じなくなってきたし、話すことも星が綺麗だ、などなんだか子供みたいなことにしか関心を寄せなくなってきた。
祖母には姉がいるのだが、この姉は去年から完全な痴呆症状態である。二年前までは歩けたのだが、去年からは車椅子生活で、オムツをし、意思疎通は全く行えず一日中呻いているだけだ。もしかしたら私の祖母も数年内にはこうなってしまうのかもしれないと思うと、私は今のうちにできることはしておかなくてはいけないと思う。

一年半ほど前に帰国してから、私は両親と供に祖母と暮らし始めた。祖母は祖父が私が11歳の時に死んでから今まで一人で暮らしていたから、10年近くも一人で暮らしていたのだ。ただでさえ若い頃から内向的で家にこもりがちの祖母が、10年近くも一人で暮らしていたのだから老化が進んでも仕方が無いのかもしれない。家族と暮らすようになっても、この一年半は老化が止まらない。恐らくもう老化は止まらないのだろう。祖母もいずれ、所謂ボケ老人というものになってしまうのかもしれない。

老耄とは悲しいものである。今まで培ってきたものの多くが、老いただけで取り払われてしまう。


最近の祖母はやたらと睡眠時間が長くなったと感じるが、これも老化なのだろうか。熱海に話を戻すが、昼に車の中で寝続け、旅館でも早くから寝るのだ。家にいても、昼寝を含め睡眠時間が長い。私は夜中の一時半頃に一度目が覚めもう一度湯を浴びにいったのだが、どうみても祖母は常に熟睡している。やたらと疲れる、疲れる、という祖母は、体力が著しく下がっているからこそ睡眠時間が長くなっているのだろうか。年を取ると睡眠時間が若い頃に比べると下がると聞くのだが、祖母は逆なのである。

翌日は、旅館を出ると私達は熱海梅園へ行った。梅は当然のごとく無く、枯れ木も多かったがそれはそれで少し歩くには十分気持ちのよい公園である。中山晋平記念館というものがあり、そこへも行ったのだが、中々いい家造りであった。
ここでも祖母と散歩をしていて考えさせられたのだが、どうやら近頃の祖母は階段の昇降ができないらしい。私と階段を上ろうとすると、母が止めるのだ。なんでも階段を使うと、翌日ひざが痛み歩けなくなってしまうそうだ。家の近くには階段などないから、祖母と出かけてもそんなことには全く気が付かなかった。階段は足が痛くなるということを覚えていない祖母は、私をとても悲しくさせた。もう少ししたら歩けなくなってしまうのだろうか。年を取ったというだけで、何故これほどまでになってしまうのだろう。

梅園を見た後はは伊豆まで行き、洋ランパークを見学した。祖母は蘭が好きなのだ。その後三島まで行き、うなよしで美味いうなぎを食べて帰路へついた。まだ食欲があるのは幸いであると思う。



熱海梅園梅園はこの時期は枯れ木ばかり。



お宮の松そういえば、金色夜叉のお宮の松も見た。逆光で見づらい。


最近見る見る衰えていく祖母だが、私は何もしてあげられることがない。私は祖母にとっての一人孫であるから、祖母は私を幼少の頃から大変可愛がってくれた。せめて、何か目に見える形で祖母を喜ばしてあげたく、それは今回の大学受験の士気にも大きく関わった。祖母は私の嫁の顔が見たいと言うのだが、それはいくつかの理由から無理であろう。で、あるならば私は祖母に何をしてあげられるのだろうか。そういえば21で大学に入りなおす私を、祖母は大変心配している。ならばしっかりと就職をし、心配を取り除くことがいいだろうか。しかし、先日78歳になった祖母の四年後は不確定的である。私はどうすればよいのだろう。




3月16日



2月26日から3月の6日まで、私は一人でタイに旅行をしていた。約一年半の浪人生活を終えて、何かパッとしたかったのだ。中国に行くかタイに行くかで迷っていたのだが、上海に住んでいるはずの友人に連絡が付かなかったためにタイに行くことにした。ハワイだのサイパンだのに行ったことはあるが、それも幼少時の話で、実際に南国に行くのはこれが初めてのようなものだ。



初めての東南アジア、親には「怖いから行かないでくれ」「死んで帰ってくるな」などと恐怖心を煽られたものだが、実際の所バンコクでは大して治安は悪くはないと聞いていた。だが夜中に着く便はさすがに敬遠しておくべきだったかもしれない。私は学生らしく格安航空券を購入してしまい、これが成田六時発、バンコク十二時着というものだったのだ。しかも乗る予定のノースウエスト便が機体にひびが入っているのが発見されそれを修繕するということで一時間ほど出発が遅れてしまった。そのために新しくできたばかりというバンコク・スワンナプーム空港の税関を抜けたのが深夜一時過ぎとなってしまった。初めての東南アジアで深夜一時過ぎにホテルに向かわなくてはいけない・・・・・・・というのもいやな話だ。そういえばこの空港も私が乗った便と同じく、土壌があまりよくなかったせいで施設各所でひびが発見され、問題となっていたらしい。おかしな偶然だな、と思う。

空港の公式サイトでは「リムジンサービスはノーマフィア」と書いてあったため、空港からはリムジンを使ってみた。バンコク市内までで1000バーツ。タクシーの三倍ほどするようだが、これは高いのだろうか。私はリムジンどころかあまりタクシーにのらないのでよ分からない。「英語の話せる」という運転手と世間話をしながら外を眺めていると、少しずつバンコクの都会が見えてきた。バンコクは私が思っていたよりもよっぽど都会だ。高層ビル群が立ち並び、夜中であっても車が引っ切り無しに縦横へ行く・・・・・・・・・・・・・・が、そんなことよりも市内へ入った私を驚かしたものがある。
売春婦と犬だ。

町の至る所に女がたむろしている。その上にどう見ても野良犬としか思えない犬が行動を我が道のように闊歩している。立ちんぼはいいとしても、タイはまだ狂犬病が駆除されていない国だ。首都バンコクにおいてもそれは同じで、十分注意するように外務省は警告していたではないか・・・・・・・帰国してからも疑問なのだが、なんで野良犬があんなにも多かったのだろう。純粋に危ないではないか。

しかしそれにしてもすごい売春婦の数だ。しかも若い女ばかりだ。この光景に呆然としている私に向かって、運転手がにやにやしながら言う。

「You want?」


いらん。と答えておいた。


空港からホテルまでは、なんと30分もかからなかった。真夜中だからというのもあるだろうが、新空港の立地のおかげなのかもしれない。
私はリムジンを降りた。辺りを見回すと地べたに座っている男や、白人などの観光客に声をかけているストリートガールが目に付く。地べたに座って歓談している人間たちを見ると、ああ、ハーレムの人々と同じだな、と感じた。南国気質なのだろう。真夜中になっても外に座り、たわいも無いことを話し続けているのだ。昼から夜まで、ずうっと同じところでぶらぶらしている人間も見かける。
これから一週間ほど泊まるホテルは、正確にはサービスアパートメントなのだが、グランドプレジテンドという所であった。
あまり気にしていなかったのだがこのホテル、なんとゴーゴーバーで有名なナナ駅が最寄り駅で、かなりの繁華街の近くにあったのだ。だからなのだそうだが、この辺りは非常に売春婦が多いらしい。昼に撮ったのだが、こんなホテルである。人気の高いホテルなのだそうで、日本人にも有名らしい。ちなみに、売春婦を連れ込むときは一般ホテルはジョイナーフィーというのを取られるそうである。しかしここはホテルではなくサービスアパートメントだからかどうかは知らないが、その連れ込み料が要らないそうだ。チェックイン時にフロントで淡々と説明された。連れ込む人が多いのだろう。


グランドプレジデント






グランドプレジデント


ホテルにチェックインして、大体夜中の二時近くである。繁華街とはいえ、日本でも新宿や渋谷は二時になったらそこそこ閑散としているだろう。しかしここバンコクは全くそうではなく、蒸し暑い、どこかうねりが効いている様な気候の中で人々が活動している。私の部屋は二階にあったのだが、エレベーターのドアが開くと一人の女が向かい側の部屋から出てくるところだった。その女は部屋の中の白人の手を一度握ると、そのままドアを閉め私のいるエレベーターの方へ向かってくる。私はその女、というか背の丈からや顔立ちからすると少女にも見えるが、に声を掛けてみた。
「17番の部屋に行きたいのだけれど、どこか分かりますかね。」
その子はたどたどしい英語で答える。「ここを左。」
「そうですか、どうも。このホテルにはよく来るのですか。」
「うん・・・・・・・・・・・。」
合わせた両手を枕に見立て、それに頭を添えながら彼女はウィンクをした。
「ねぇ。」
英語が上手く話せないのだろう。一生懸命ジェスチャーで私に話しかけてくる。それにしても驚きだ。バンコク市内で初めてまともに話した女性が、売春婦である。よく見ると日本人好みの可愛い子だが、白人に抱かれたばかりの女を抱けるはずも無い。別に春を買うために来たんじゃないんだ。笑顔で「ソーリー」といい部屋に入った。

しかし・・・・・・・・・・・・なんだか私もこのまま寝る気にもなれない。ホテルの空調が効いた涼しい部屋もいいが、人通りも多いことだし、私はこ外へ出てみた。
ホテルを出て少し歩くとスクンビット通りという大通りへ出る。最初私は、何だこれはと驚いた。多くの屋台が立ち並んでいる道には、おびただしい数の人がまさに蟻の行列のように蠢いている。しかもなんだかやけに女が多い。それも肌を露出した女ばかりで、これは女たちが売春婦だからか、それとも暑いからなのか悩むところだ。この行列に入り込んでみた私は、とりあえず行列に逆らって歩き出してみた。恐らく、これは有名なナナプラザというところから出てきた人たちなのだろうと考えたからだ。十分ほどその波に逆らうと、そのナナプラザという所についた。たった十分ほど歩いただけなのだが、この気温と人ごみの中を歩いたのでシャツが汗でびしょびしょになってしまった。ナナプラザ、というのはゴーゴーバーの結集地のようなものなのだが、どうやらここは午前二時で終業らしい。明かりが消え、多くの男女がプラザの入り口から外に出て行くところだった。つまりこの行列はみな、春を売るつもりのある女と、それを買おうかという男たちということだ。しばしオープンバーの椅子に座ってこの行列を見ていると、タイ語と英語に混じって日本語が所々から聞こえてくる。なるほど、タイに売春ツアーに来る親父どもが来ているわけだ。


しかしこの光景は衝撃的である。これだけ多くの若い女が売春をしていることも驚きだが、町自体が淫靡な空気に包まれている。先程から道を歩くと、女が私の腕を引っ張り、胸を体に押し付けてくる。私も精力が有り余っている方だが、こうまでされると食傷気味だ。私はやや興奮気味ではあったが、別に売春のために来たわけでもないので道を戻り始めた。不思議なものでこの通りにいる女のほとんどが売春婦であることが分かると、引き返す道ながらどうしてもそういう目で見てしまう。立ちんぼに微笑まれると、ついついこちらもにやにやしてしまう。なんてことだろう、バンコクに着いてものの三十分で売春親父どもの気持ちがある程度理解できてしまった。

バンコク初日はたったの数時間であったが、実に衝撃的な場景であった。




3月14日


今月から再び矯正を始めようと予定しているのだが、そのために歯を抜いてきた。



歯を抜くと言っても、生えてる歯を抜いたのではない。上の歯の裏側、上顎の中に埋まっている過剰歯というものを抜いてきた。


これを抜く方法がまた想像以上にグロテスクで、なんと裏側の歯茎から歯肉を削いで引っくり返して埋まっている歯を抜くのだ。完全に埋まっていた親知らずを四本も抜いたことがあるから今更この程度の手術、屁でもないわと思っていたが全くまいった。


その過剰歯が前歯の裏側にくっ付いていて、ドリルやらを持ち出しての手術となってしまったのだ。癒着はしていない、との予想が外れたそうだ。




麻酔をしているわけだから痛くは無いのだけど、変な汗を沢山かかされた。口腔外科はもうごめんだ。


3月10日



美容院にてシャンプー中に




「社会人の方なんですかぁ?」


「ああ、いえぇ学生です。」


「大学生ですか?」


「ええ、まぁ今年からそうですね。」


「え、今何歳なんですかぁ?」


「うーん、いやぁ浪人しすぎててもう21歳なんですよね。」


「へー、どこの大学なんですかぁ。」


「早稲田ですね。」


「え?ほうせー?」


「いや、早稲田ですよ。」


「えー、私の友達も早稲田の野球部の三年にいますよお。」


「へぇ、野球部はすごいですね。」


「でも、私の高校の友達、みんな大学行ってないんだよね。行った人もいるけど、浪人したりして・・・・・。でも浪人する人ってそのままニートになっちゃったりするんだよねぇ。」


「はぁ。」


「浪人するのも大学行くのもお金かかるじゃない。親に負担してもらわなきゃならないしぃ。私は高校出てすぐ専門学校入っちゃったし・・・・・・・・それにね、


浪人してまでぇ、大学行くのがなんでかよく分からないのよね。」





・・・・・・・・・・・・大学入学を考えたことの無い人にとっては、素直な疑問なのかもしれない。私は、ここ一年は大学や浪人、将来のことで大変悩んできた。今も言いようのない焦りが胸の中を掻き回しているような状態だ。




だから・・・・・・・・・・・



んん、むむむむむ・・・・・・・



そう言われると困っちゃうよなぁ。








3月7日



大学受験も完璧に終わったことだし、やっとこさ21歳にして身分も落ち着く所に落ち着けた感がある。今回はなんとか、私の第一希望であった早稲田大学に合格が決まり、もう来月からは自分の身分を人に言うのが恥ずかしくなくなる。ニューヨークから帰ってきての一年半、よくも20から浪人生活を始めるというプレッシャーになんとか押し潰されなかったものだと思う。 結果にはある程度満足している。



そういえば、もう受験も終わったことだしと日本の知り合いにメールを出してみた。私はアメリカから帰ってきた後、、数人を除き勉強の妨げになるだろうと考え友人知人には全く連絡をしていなかったのだ。思い起こしてみれば高校を卒業した後すぐに渡米したため、こちらの人間とは三年間ほど連絡を取っていない。 学生の間の三年間というのは結構長いもので、かなりの知人がアドレスを変えてしまっており連絡が付かなかった。しかたのないことだが、三年間も寄り道をしていたという事実は、私にとっては多少の重石になっている。 同年の知人は四大在学の場合もう就職活動をしており、早ければ来月の四月くらいには将来が決まってくる。 私はそういった知人を横に見ながら、再び21歳にして大学に入りなおすわけだ。そして入学二ヵ月後の六月にはもう二十二歳になってしまう。 正直に真情を吐露すれば、言いようの無い焦りが浮かんでくる。






こういった焦りは浪人中からあったのだが、実は先程少しそれも解消された。何かというと、昔の連中に連絡が付いたのだ。 私は知り合ってきた人々に恵まれていると思う。三年ぶりでも変わらず接してくれる友人のおかげで、三年の遠回りもそれほど問題ではないのではないかとも思えてしまう。



何はともあれ、私のこの大学へ入学するという判断が正しいものであることを願う。



−−−


昨日、一週間少しのタイ滞在から帰国した。いやぁ、タイはいい!一年半の疲れを思いっきり吹っ飛ばしてきた。
忘れないうちに少しタイのことも書いていこうと思う。




2月24日


NEETという言葉がある。日本ではとても有名な言葉だ。



NEATという言葉もある。ニートと同音だが、こちらは米語ではすばらしい、という意味で英語としてもきちんとした、上品な、という意味の形容詞だ。



なので名詞と形容詞の違いを考慮すれば、「君はニートだね。」と「君はニートな人だね。」というのは全く違う意味となる。だから、ニートに「ニートな人だね」というのは決して悪いことではなくむしろ誉め言葉なのだ。




35歳未満で勉強もしていなく働く意欲も無い知人がいたら、「君はニートな人だね。」と慰めてあげよう。



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受験も終わって、さぁ好きなことだけして駄目人間生活を満喫しようというところのはずなのだが、肩を怪我してしまってからは道場にいけなくて悶々としている。少し良くなってきたので剣道には行き始めたが、合気道や柔道はできるはずもない。ここ何年も勉強以外には道場通いくらいしかしてなかったなだな、と痛感する。他にやることが無い。

ので、家でダンベルをふんふんしたり、昨日今日とランニングに出かけた。
30キロでブルガリアンスクワットや、60キロでデッドリフトをやったりしている。9月頭から始めたから、ウェイトも今月で半年やったことになるが、確実に効果が出ている。筋肉が少しずつ体に付いてくる感覚というのはかなり気持ちいいものがある。



人生を筋肉に費やす人たちの気持ちがわずかに理解できる。



怪我のおかげで上半身のトレが制限されるのが苦痛になってきたとよく思う。こうやってみんな体作りにはまっていくんだろうね・・・・・・・・・


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暇暇という感じだが実は26日から一週間ほどタイに旅行に行ってくることにしている。私は今までアメリカとヨーロッパしか見たことが無く、アジアを、特に東南アジアを見てみたかったためだ。

こういう時には、昨今の円安基調が懐に厳しい。NYにいたころは1ドル100円くらいだったのに、今じゃ120円なんだもの。





2月19日


白鳥百合子というモデルというかアイドルの存在を知った。




なんだかすごい芸名だなぁ、と思っていたら本名らしい。




この人、少女マンガみたいな綺麗な顔と体をしているのだが、本当に母親の名付け勝ちですな。アイドルになるべくしてなった、みたいな。


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合気道を17の頃から続けている。その流れで前から興味があった柔道を少し前から始めたのだが、今月の9日に白帯同士で乱捕りをしていたら肩を怪我してしまった。慣れない同士、組み技なんかするものではないと実感した。

何度も経験するようなものではない痛さに指先がぶるぶると震え、練習が終わった後は夜診療でレントゲンと鎮痛剤を出してもらった。結局鎮痛剤は飲まなかったのだが、あれはあればあるで安心できる。
異常はないだろうと思ったが一応レントゲンを撮ってもらって、骨や間接には問題がないことを確認できた。筋を伸ばしてしまっただけで本当によかった。


私の肩の怪我は柔道の練習中のことであるから、しかたのないことである。今回私はある意味で被害者だが、そういえば、高校生の時にラグビー部の練習でタックルをし、ウィングの仲間の肘を折ってしまったことがある。

今回私が水場でぶるぶると震える肩を水道水で冷やしているときに唐突に頭に浮かび上がり離れなかったのが、彼の苦悶の表情だ。彼も痛かったんだろうな、という罪悪感が当時以上に湧き上がってきた。


人間は、やっぱり自分で痛い目みないと駄目なのだろうか。







しかし怪我から十日たったので、もう大分治ってきた。明日からまた剣道の稽古をしに行くが、考えてみればここ数年は勉強と武道しかやってないな。痛い目みてもすぐにまたやりたくなるのは、ある意味中毒みたいなものだと感じられる。考えてみなくとも武道の稽古なんて自ら痛い目見に行くようなものなわけで、竹刀で叩かれるなんてそのまんまSMプレイだ。格闘技の愛好者はMが多いなんてよく聞くが、あれは確かにそうなのかもしれない。しかし逆説的に見ればこちらから竹刀で叩いたりしてるわけだし、S性がそのまま発露されてるとも考えられる。まぁどっちもいるのかな、と無難な所でやめておこう。確かに格闘技や武道にはまっている人たちは何か性癖が普通とは確かに違いそうだしあまり深く考えるべきではないだろう。



2月8日


都内の盛況な繁華街を通ると「手相を勉強している」という方々に話しかけられることがある。何の団体だかはよく知らないが暇な連中である。



大体こういったものは無視する人が多いと思うのだが、無視するだけではなんとも芸がない気がする。去年の話になるが、渋谷でこのような類の人に声をかけられたので応答してみた。







雌犬「すみませ〜ん、私手相を勉強している者なのですがちょっと手相見せてもらえませんか?」



私「はぁ、かまいませんけど。」



雌犬「そうですか!じゃあ・・・」



私「あ、でもお願いがあるんですがいいですか」



雌犬「はい?」



私「え〜・・・・・・と、すみません。 自分マゾなんですが、おもいっきりビンタしてくれたら手相をお見せしてもいいですよ。」





雌犬「え・・・・・・・・・?」






私「いや、私マゾなんですよ。エムなんですよ。思い切りビンタして、なおかつつばでも吐きかけてくれたら手相お見せしますよ。」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・これなら相手もドン引きかなと思ったのだが



以外にも食いついてきた。ほんとにそんなんで気持ちいいんですか?とかそういう人って本当にいるんですね。みたいに。


しかし「そういうことはできません」、と断られてしまった。いや、ビンタなどされても嫌だが、手相を見るためならなんでもするのかと思っていたがそうでもないらしい。
ああいう「手相見ます」集団は新興宗教がやってると聞いたが、そういった思想性からくるものなのだろうか。まぁ、あまり興味も無いんだけど・・・・・・




1月21日


そのまんま東が・・・・・・・・・・・・・・・・・・・宮崎県知事当選・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・参議院議員か県議ならまだしも・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・県知事・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



−−−


今日は夕方たら二時間ほどジョギングをした。やはりストレスがたまるのは駄目だ。体を動かす、これが肉体的にも精神的にも健康にはやはり一番だ。いい汗をかいてさっぱりとしていたほうがいい。

去年は家の周りをほんとによく走り回ったもんだと思う。周りといっても何キロかだが、一時間や二時間、歩いたり走ったりをしているとすぐに景色を覚えてしまってちょっと退屈になる。 私は持久走の類は嫌いなのだが、わざわざ海外のマラソンレースに参加するランナーの方々の気持ちも少し分かる。通っている道場にそういう方が一人いるのだが、毎日何キロも走るし、ハワイの国際マラソンに何回も出場したことがあるらしい。知っている道を走るのはマンネリになる。そういう風に知らない道を走りに行くというのはきっと楽しいことなんだろう。


しかし今日の走りは違う風景の中を走るよりももっと楽しい気分になった。


というのも、川辺を走っている時に女の子に黄色い声援をもらったのだ。黄色い声援といっても別に大したことじゃないが、「ジョギングがんばってください」と素晴らしい笑顔で言われた。しかもその女の子(中学生か高校生くらいだったと思う。最近両者の区別が付かなくなってきた。)、両手を顔のところで小さく振りながら何度も言ってきたのである。瞬間戸惑ったが、辺りには私以外居ない。私以外に言っているわけはないのだ。なんかとてつもなく可愛く感じた・・・・・・・・・・・・・・・・・・


軽く会釈してそのまま歩いていったけど、今思えば何の趣旨があって汗だくのヒゲ面男に声かけたんだろう。ともあれなんだか活気が出てきた。悲しいまでに単純だなぁと思うが男なんてこれでいいのだ。



1月18日

久しぶりに高校時代の同級生に電話した。現役で大学に入った同級生たちは、もう三年生も終わりのほうである。つまり就職活動期なのだ。こっちが大学に入りなおそうとしている所に、むこうは大学を出ようとしている。学生時代の三年間というのはそれなりに大きいものなので、今どのように生活をしているのか少し興味がわいていたから電話したのだ。


電話した相手は就職活動を順調に進め出せているようであった。それはそれでいいのだが、話題がこっちの方にくると正直歯切れが悪い。電話しておいて自分のことをまったく話さないのは無理だろうからいいのだけれども。

今何してるの?と聞かれたので、何してると思う?と問い返した。ここまではありきたりの返しだが、答えが予想外のものだった。

ホストでもしてるの?



どうゆう目で俺を見てたんだ貴様


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デッドリフトの55キロを10回数セットできても、60キロにしてやろうとすると背中より手にくる。・・・・・・・・・デッドリフトより以前の問題だ。腕っ節が弱い男なんて嫌だな。




1月8日


渋谷の歯医者の息子が、短大生の妹を殺した事件が大々的に報道されていますね。

なんでも父親が二代目の歯科医で、本人も歯科医になるべく三浪中だったとか。

年齢的には自分も三浪目だし、笑えない話ですな。浪人中というのは、確かに精神状態はよくない。



しかしこの殺された妹、自ブログで芸能界を目指していてバイト感覚で水商売をして愛人になって援助交際をしたりしていたことを書いてしまっていたらしい。歯医者の娘の割にはあまりにも頭が足りなさ過ぎる感じで、猟奇事件の被害者だというのに全く同情心が沸かない。むしろ兄の方に同情してしまう。どっちもどっちなのか。いずれにしろ非医学部狙いで三浪生は駄目人間なのか。


そういえば、医者の娘で水商売に入って南米黒人と同棲した挙句中絶した女の子なんて、NYにいたなぁ。水商売なんかやるな、と何度も言ってやったのに、なんでやるのか全く分からん。留学してまでそんなことすることもないのにね。ああいう人の思考回路は分からん。




そんなことより秋山莉奈っていいですね。




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東海大仰星が花園で優勝した。高校時代ラグビーを少しかじっていたのだが、顧問が仰星でコーチをしていたのでなんだか嬉しい。決勝相手の東福岡の最後のトライは意地を見せ付けてくれたと思ってる。主審は東福岡のためにロスタイムを最後まで引き伸ばしてあげた感がある。やっぱり高校ラグビーはいいな。




1月4日


明けましておめでとうございます。どっか外国に逃げたいです。


というわけで外国のネタ。



絵になるSM



S男「オラオラー!ご主人様と呼べご主人様とー!」


M女「ああー!ご主人様ー!」




絵というか映像が目に浮かんでくるSM



S男「オラオラー!将軍様と呼べ将軍様とー!」


M女「ああー!将軍様ー!」







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